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連とは何か — 有名連・協会・その違い

阿波おどりはチームで踊ります

阿波おどりを初めて見る方が最初に戸惑うのが、「連(れん)」という言葉かもしれません。

徳島県のホームページは、連を「阿波おどりを踊る団体、グループのこと」と定義しています。伝統ある有名連や企業連、学生連など多種多様で、総数は1,000を超えるとされています。

大事なのは、連は「踊る人の集まり」だけではないということです。ひとつの連は、先頭で連名の入った提灯を掲げる人、男踊りの人、女踊りの人、子ども踊りの人、そして三味線や太鼓を担当する「鳴り物(なりもの)」の人たちで構成されます。つまり、演奏隊と踊り子がセットになった、ひとつの舞台集団なのです。

観光庁のホームページによれば、徳島市の阿波おどりには毎年約800の連が出場し、技量のレベルもさまざまです。家族の連、職場の同僚の連、大学生の連などがあると記されています。

だから阿波おどりは、ひとつの巨大な集団舞踊ではなく、800近い個性のパレードとして見るのが正しいのです。

「有名連」は、人気投票ではありません

阿波おどりを調べていると必ず出てくるのが「有名連(ゆうめいれん)」という言葉です。技術の高い、格の違う連——というイメージを持たれると思いますが、実はこの言葉には、はっきりした組織上の定義があります。

徳島市の阿波おどり会館のホームページには、こう書かれています。

有名連とは、阿波おどり振興協会、徳島県阿波踊り協会に加盟する阿波おどり連のこと

つまり「有名連」とは、二つの協会のどちらかに加盟しているかどうかという、加盟関係による区分なのです。人気ランキングでも、審査で選ばれる称号でもありません。ここを知っておくと、阿波おどりの世界の見取り図がぐっと分かりやすくなります。

阿波おどり振興協会のホームページも、「世界でおよそ千あると言われている阿波おどり連のなかで、阿波おどりの本場・徳島には、『有名連』と呼ばれる、特に技術の優れた連があります」と説明しています。

では、その二つの協会とはどういう団体なのでしょうか。

一般社団法人 阿波おどり振興協会 — 1955年結成の15連

ひとつめが、一般社団法人阿波おどり振興協会です。

同協会のホームページによれば、阿波おどりの保存と伝承を目的に1955年(昭和30年)に結成され、現在は有名連15連が所属しています。代表理事は阿呆連連長の立川真千氏。事務所は徳島市伊月町にあります。

所属する15連は次のとおりです(かっこ内はホームページに記載の設立年)。

のんき連(1925年)/天水連(1946年)/阿呆連(1948年)/水玉連(1946年)/新ばし連(1950年)/天保連(1947年)/扇連(1967年)/浮助連(1946年)/阿波鳴連(1959年)/さゝ連(1960年)/若獅子連(1973年)/阿波連(1957年)/無双連(1976年)/葉月連(1978年)/よしこの連(1952年)

この設立年の並びを眺めると、面白いことに気づきます。15連のうち9連が1946年から1952年、つまり終戦直後の数年間に集中して生まれているのです。阿波おどりが1946年に復活したことを考えると、この時期に「連」という組織の形が一気に立ち上がったことがうかがえます。ちなみに最も古いのんき連は1925年(大正14年)の設立です。

この協会が果たした役割としてもうひとつ挙げておきたいのが「総踊り」です。同協会のホームページによれば、1,700人以上が一斉に踊り、いまや阿波おどりの代名詞となっている総踊りは、昭和47年(1972年)に阿波おどり振興協会が考案したものです。

近年の活動も国内にとどまりません。同協会の出演実績によれば、2026年度はアメリカ・ニューヨーク(5月)、フランス・パリ(6月)での公演が予定され、あわせて徳島県内の小学校での座学・実技のアウトリーチ活動も行われています。

徳島県阿波踊り協会 — 1969年結成、県内全域をカバー

もうひとつが、徳島県阿波踊り協会です。

同協会のホームページには、こう書かれています。

徳島県阿波踊り協会は、1969年12月、徳島県内全域の53連が集い、郷土芸能としての阿波踊りの発展と振興を目指して誕生しました。

こちらは名前のとおり「徳島県」を単位とする団体で、ホームページの所属連紹介は、徳島・小松島・阿南・海部・鳴門板野・阿波吉野川・美馬・三好という8つの支部に分けて所属連を掲載しています。50を超える連が掲載されており、県内の広い範囲をカバーする構成です。

所属連には、娯茶平(1946年創立)、うきよ連(1948年創立)、ゑびす連(1948年創立)、酔狂連(1953年創立)、うずき連(1957年創立)、独楽連(1961年創立)、葵連(1966年創立)、新のんき連(1968年創立)、菊水連(1971年創立)、藝茶楽(1975年創立)、阿波扇(1991年創立)などがあります。

なお同協会の事務局は、徳島市中徳島町にある徳島新聞社の事業部内に置かれています(ホームページの連絡先表記による)。徳島の阿波おどりと地元紙の関係の深さがうかがえる一点です。

二つの協会は、何が違うのでしょうか

ここまでを整理すると、違いは主に三点にまとまります。

結成の時期が、振興協会は1955年、県協会は1969年12月と、14年ほど離れています。

カバーする範囲が、振興協会は所属15連という少数精鋭の構成であるのに対し、県協会は「徳島県内全域」を掲げ、8支部に分かれた広域構成です。

掲げる目的の言い回しも異なります。振興協会は「阿波おどりの保存と伝承」、県協会は「郷土芸能としての阿波踊りの発展と振興」です。保存・伝承に軸足を置く表現と、郷土芸能としての発展に軸足を置く表現、と読むこともできます。

どちらが上ということではありません。表記の揺れも興味深いところで、振興協会は「阿波おどり」、県協会は「阿波踊り」と、団体名の表記そのものが違います。

観覧する側にとって実際的なのは、阿波おどり会館の夜公演では、この両協会に所属する有名連が毎日交代で1連ずつ出演するということです(阿波おどり会館のホームページによる)。8月の本番以外の時期でも、有名連の踊りを間近に見られる仕組みになっています。

企業連・大学連・地域連 — 有名連の外側にある広がり

連は有名連だけではありません。むしろ数の上では、それ以外の連が圧倒的多数です。

企業連は、企業がつくる連です。近年は徳島県外の企業も参加しています。阿波おどり未来へつなぐ実行委員会のホームページによれば、株式会社ローソンは2018年の初参加から通算5回目の企業連参加となっています。

大学連・学生連は、大学のサークルなどが母体の連です。徳島県のホームページは連の種類として「学生連」を挙げ、観光庁のホームページも連の例として「大学生のグループ」を挙げています。

地域連は、町内や地域を単位とする連です。神戸大学の研究紀要に掲載された論文(松村美穂・岩井正浩「阿波おどりの囃子における笛の役割に関する研究」2003年)は、阿波おどりが昔は「町内や地域ごとの連に参加して楽しむという地域性の強い祭り」だったが、現在では町内や地域という枠組の意識や神事性が薄れ、徳島県民でなくても連を作って誰もが参加できる仕組みになっている、と指摘しています。

つまり連という単位は、地縁の共同体から出発して、いまでは会社・学校・趣味の仲間へと開かれた「参加のかたち」になっている、ということです。

誰でも入れる「にわか連」

そして、連の裾野のいちばん外側にあるのが「にわか連」です。

観光庁のホームページは、「阿波踊りは民族舞踊であり、誰でも参加できます。ある時間帯では、皆誰もが踊りに参加できる『にわか連(ドロップインチーム)』もあります」と説明しています。祭りの期間中、決まった時間・場所で、観客がその場で列に加わって踊れる仕組みです。

徳島市が公開している報告書でも、にわか連事業は「阿波おどりの普及・振興のため」の事業として、市の補助金の交付対象候補に挙げられています。行政の側も、にわか連を観光サービスではなく普及策として位置づけていることが分かります。

連の名前を覚えると、祭りが変わります

最後に、観覧するときの実用的なコツをひとつ。

演舞場に連が入ってくると、先頭で連名の入った「高張提灯(たかはりちょうちん)」が掲げられます。まずそれを読んでください。そして、その連の踊りとリズムを覚えます。

というのも、連ごとに音も所作もはっきり違うからです。たとえば徳島県阿波踊り協会の所属連紹介ページには、娯茶平の踊りは「娯茶平調」と呼ばれる独自のスタイルで男踊りの「網打ち」などを守っていること、菊水連は「ゆっくりとしたぞめきではなく、アップテンポの新しいリズムを作り結成」されたこと、うずき連は「ややゆったりとしたテンポの粋調(すいちょう)のお囃子」を特徴とすること、酔狂連は「県下一の大きさを誇るヒョウタン型の高張りちょうちん」を先頭に立てることなどが、各連自身の言葉で書かれています。

同じ「阿波おどり」という名前で括られていても、聴こえてくるテンポも、うちわのさばき方も、連ごとに違う。その違いを聴き分けられるようになったら、あなたはもう阿波おどりを楽しめています。